ガラスの棺 第26話


目的のものを手に入れたことで、黒の騎士団の攻撃は大人しくなった。
その隙にアヴァロンは海上に不時着し、艦橋にいたシュナイゼル、ロイド、セシル、ニーナは安堵の息を吐いたが、その顔は蒼白だった。
艦橋に空いた風穴からジノが中に入り彼らの無事を確認し、アーニャとジェレミアは格納庫へ向かい、カノンとシュナイゼルの部下達の無事を確認した。どうやら通路を隔てる扉の一部が損傷したらしく、ここから艦橋に行けなかったようだった。シュナイゼルの無事を知り、部下は歓声をあげ、カノンは安堵からか涙ぐんでいた。
ゼロは上空で、ガラスの棺とミレイ、リヴァルを手にしたKMFと対峙していた。
2騎は静かに互いを見つめているように見えた。
そのKMFは右手に棺を持ち、左手を覆う事で二人が落ちないよう支えていた。ガラスの棺を覆っていた上質な布は、既に縛っていた部分はほどけ、殆ど摩擦がないせいかするするとガラスの上を滑っていく。二人はその布に足を取られバランスを崩したが、KMFの手にしがみつき、どうにか難を逃れた。二人の顔は蒼白で、いつ失神してもおかしくない状態だった。

そして、紫の布が風に舞い、その棺の中が露わになった。

黒の騎士団のパイロットが気付いた時にはすでにKMFのモニター越しの映像はオペレーターの手で各部署へ送られていた。送られてきた映像を見たカグヤと超合衆国の代表、そしてナナリーは棺の中を見て思わず声を無くし息をのんだ。
棺の中に居たのは、黒い皇族服をまとった美しい人物だった。
あまりにも生前と変わらぬ美しい保存状態だったため、遺体だと知らなければ、生きた人間がそこで眠っていると思っただろう。
だがガラスの棺の中に横たわっているのはまちがいなく、英雄ゼロに刺殺された悪逆皇帝ルルーシュで、その死は疑いようのない物だった。
だからどれほど生きているように見えても、そこにあるのは紛れもなく遺体だった。




超合集国を通じて送られてきた映像には、静かに眠るルルーシュが映し出されていた。

「・・・こんな、事が・・・・」

無意識に声が零れた。
零れたのは言葉だけではなく、あふれ出た滴が頬を静かに流れていた。
保存処理をせず土葬したと聞いていたため、棺の中には既に形を成さない遺体が入っていると思っていた。だが、兄の遺体は当時の姿そのままで、今にもその目を開けるのではと思わせるほどだった。
写真や映像でしか知らない、兄の姿。
だが、大きく暖かな手も、優しく甘い声も覚えている。
抱きしめてくれた、頭を撫でてくれた、手を握ってくれた。
あれから5年たったと言うのに、昨日の事のように覚えている。
そう、兄が作った料理の味も、兄が摘んできた花の香りも・・・。

ナナリー、愛している。

耳に馴染んだ兄の声が聞こえた気がして、今まで忘れていた愛情と思いでが堰を切ったかのように溢れだした。

「・・・さま、おにいさま、お兄様っ!!」

悲しんでいたらすぐに気付き慰めてくれた、我儘を言っても断ることなく必ず叶えてくれた・・・いつも愛していると言ってくれた兄。

「お兄様、私のお兄様・・・」

愛しています、愛しています、私もお兄様を。
お兄様さえいてくれれば、他に何もいらないのです。

そう、私には兄だけだった。
私の世界は、兄だった。
だから世界のために、平和のためにと動いていてもどこか虚しかったのだろう。
褒めてくれる、喜んでくれる、護ってくれる兄がいない。
愛する兄が共にいて、初めて私の世界が存在するのだ。
ああ、何故この感情を忘れていたのだろう。
溢れ出た涙でモニターが霞み、ああ、兄がいたらこの涙もぬぐってくれたのにと思えば余計に涙がこぼれた。

「・・・お兄様は私のものです。誰にも渡しません!!」

取り戻す。
カグヤには絶対に渡さない。
スザクにも渡さない。
兄は私だけのものなのだから。



絶句とはこういう事を云うのだろう。
思わずポカンと口を開けたまま映像を見入っていたカグヤは、周りのざわめきで我に返った。保存処理はしなかったと伝え聞いていたが、やはり誰かが処置をしていたのだろう、棺の中のルルーシュはあの当時のままの美しい姿だった。カグヤでさえ羨ましいと思うほどの艶やかな黒髪と、透き通るような肌。精巧に作った人形とはとても思えないし、何より作り物のために彼らが命を賭けるとは思えない。
だからあの遺体は紛れもなく本物のルルーシュ。
つまり、ゼロ。
自分が夫に選んだ人。

・・・多分、初恋だった。
顔は解らなくても、その言動全てに惹かれたから、妻だと名乗った。
ゼロはそれを否定せず受け入れてくれた。
あの時決別しなければ、いずれ夫婦となっただろう相手。
私が唯一認めた殿方。
その遺体。
日本を取り戻し、ブリタニアを崩壊させた英雄。
その英断に、その行動力に、彼を中心にして次々と起きる奇跡のような出来事に私は心酔し、人々を導くその姿に憧れ、そしてそんな彼を愛していた。

私が夫と望んだゼロはただ一人。
それはスザクでは無い。
彼の妻を名乗った以上、その墓を守るのは妻の務め。
そう、これは私の務めなのだ。
それは同時に世界から憎悪を消し去ることになる。
なんて英雄の妻に相応しい役目だろう。
きっとルルーシュも喜ぶに違いない。

ああ、でも必ずナナリーは邪魔をしてくる。
再びフレイヤを撃ってくるかもしれない。
億を超える自国の民をその手で殺害した狂人には、フレイアがもたらした恐怖も憎悪も理解できないの亜k、再びあの悪魔を目覚めさせた。
なんて愚かな。
狂人は、いいつまでたっても狂人か。
ナナリーには渡さない。
絶対に。

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